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第二の安全な場所

私の第二の安全な場所は世界で一番不幸でな私です。

24時間テレビや虐待される、かわいそうなドラマを好んで見て、うっとりするのが大好きでした。
そして最後は、この人にはここで優しくされてた。
やっぱり私が世界で一番かわいそうな人。

そう思うためにドラマを見ていたのかもしれません。

人と比べて、人を見下して、私の方がかわいそうなのに。

子供にさえ自分がしたことは棚上げして、やってあげた事をクローズアップして、こんなにやってあげてるのに。
私はやってもらってないのに。と怒りがフツフツ。
嫉妬をしています。

普通の人のふりをし、ブランド物を持ち幸せなふりをする。

心の中で自分が一番かわいそうな人だと思っているから幸せなふりをしてるんだと思います。

私の思考でだと、いつでも、どんな事柄でも自分をとっても上手に世界で一番不幸に仕立てあげれます。

そのお花畑がとっても心地よい。

人が客観的に私を見たら、世界で一番不幸には見えないのかもしれません。

滑稽なんだろうな。
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復讐心

子育て中、子供が私の不快を踏むと怒っていました。

子供が大きくなって、長男はわざと不快を踏むような言動をとり確認作業をし、
次男は、私の不快を踏まないように慎重に行動するようになっていきました。

私も長男と同じように母親の不快を踏んでいましたし、妹は不快を踏まないように行動していました。

私が不快な行動をするからか?母は私に意地悪をよくしており。
私も長男には自分がされたのと同じように意地悪をしてました。

今も、主人がよく嫌味を言うのですが、嫌味を言われると必ず棘でかえします。
ここは押さえられません。

もし何かをされた時に、やり返しという名の復讐をしたい衝動が抑えられない。

復讐が意地悪心、トゲという形で出している。

先にやられたという正当性もあるので、罪悪感を感じずにすむ。

私の罪悪感のなさの根源に復讐心が関係しているような気がする。

執着について

私の執着しているものは拒絶です。

子供の頃、母親に拒絶され続けてき、その仕返しで私も母を拒絶し続けてきました。
拒絶することで母親を好きという気持ちも封印し、拒絶される辛さも感じないようにしてきました。

セッションで執着は感情の塊だという話がでました。
その感情を1つ1つばらけていく。
そして1つ1つ終わらせていく。

私の拒絶をバラバラにすると、
母親から拒絶された悲しい気持ち。
悔しい気持ち。
屈辱感。
やり返しをしたい。
見下す。
嫌い。

それが合わさって1つの執着になっている。
一つの大きな塊のままでは終わらせることができなくても、1つ1つなら終わらせていくことができる。

私はずっと人を拒絶してきていました。
親、子供、友達
ずっと垣根を作っていました。

バラケた感情を終わらせて、少しでも楽になっていきたい。
そして、人を拒絶することをやめ、垣根を低くしてきたい。

最終的に母親を受け入れる許容量を身につけていく。
ここが目標です。

人の優しさ

先日、母親に1年ぶりに再会しました。

母親に会う前日に、お習字にどうしても行きたくて行きました。

お習字の先生は私の洗礼を受ける時の代母さんです。

いつも通り、お喋りをしながら字を書き、2作品目の題材が、「野に出れば 人みなやさし 桃の花」というものでした。

この俳句を読んだ時に、偶然ではないなと感じ、先生に次の日に母親に会うことを話し、背中を押してもらったような気がします。

母親に会い、私の事に興味なく、お金でものをいう人。
人の気持ちなど考えようとしない人。という現実を見た気がします。

そして去年も母親に会った後に、私を子供の頃から知っている、実家の近所に住んでいた人に今日、偶然出会いました。

信号の向こうで手を振って、「お茶飲んでいこう」とニコニコ声をかけてくれて、喫茶店で2時間ほど話してきました。

叔母さんの子供で私の幼なじみの子に、私の事を話したみたいです。

そしたら、子供の頃に私が家の横でしゃがみこんでいるのを2回ほど見たそうで「桃、あの頃から辛かったんかな~」と言っていた。と言うのを聞きました。

私の母親は冷たい人ですが、母親以外の人で私に優しくしてくれる人は沢山いる。

優しさに触れるたびに、母親との違いを感じます。

母親を冷たい人だと思いたくない。
そう思いたくなくて、人を拒絶していたのかもしれません。

人は温かいんだ。と人を受け入れる。
母親との違いを見つめる時がきてる気がします。

私の価値観

私のコンプレックスは、学歴と貧乏
かなり前に、自分の極と極をいくジグザグをグラフにした時に、劣等感と優越感だと。

私は、ずっと母親から頭が悪いと妹と比較され、言葉にはしなかったけれども、
馬鹿だ。と嫌悪の目で見下されていました。
受かりもしない進学塾の入塾テストを受け、その塾に行っている子たちに、不合格を馬鹿にされ、
ずっと悔しい思い、恥ずかしい思いをしてきています。
いつもいつも妹と比較されてきました。

自分の学歴コンプレックス、貧乏コンプレックス。
それは母の価値観そのものです。

馬鹿だと見下し、賢い人には卑屈になる。
貧乏な人を見下し、お金持ちには卑屈になる。

馬鹿だと見られないために、本を読んだり、美術を勉強したり。
食が貧しかったことを悟られないように、味がわからないのに、美味しいもの情報を仕入れてきたり。
貧しく見えないように、ブランド物を身につけたり、
外見を、努力して努力してコンプレックスを隠してきました。

子供にも、この価値観で早期教育し、中学受験をさせて、母に褒めてもらいたいために
頑張って、子供を追い詰めてきました。

まだ、この母の価値観のままでいること。
そして人を見下し、優越感に浸る。
でも本当に一番見下しているのは、自分自身です。
勉強のできない自分自身が嫌で仕方がありません。

学歴を塗り替えたいがために、大学院を受験しようとしたこともあります。
きっと、そんなことをしてもコンプレックスが消えていたともおもいませんし、
もっと人を見下していたと思います。

次男が中学で不登校になった理由、今、大学受験に向かって、勉強している理由が
私自身にあり、子供も、この価値観で苦しんでいる。

この母親から受け継いだ、価値観から抜け出て見せます。
そして抜け出て、1からやり直し、自分の価値観を見つけます。
きちんとフィルターなしで、人を見る。
そこに勝ち負けはない。

必ず押し付けられた母親の価値観から抜けて見せます。

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